
お知らせ
制度上は出資者(株主)から資金を預かり経営を行うため、法律上の所有者は株主だと言われます。米国では特にその傾向が強いです。
これに対して、従業員や顧客、仕入先などの利害関係者(ステークホルダー)のものであるという考え方もあります。ヨーロッパの一部の国ではこのように捉えられることが多いようです。
経営者が抱くこうした基本的な哲学思想の違いは、会社の運営、特に厳しい状況下での決断に大きく影響します。
たとえば、所有と経営が分離していない中小零細企業では、会社は経営者のものだと考えても不思議ではありません。
社長をはじめ、家族や親族、そして数人の社員やパート、アルバイトで事業を行っている場合、利益が出れば「自分たちの儲けだ」と考えがちです。
外部の従業員等には世間並みの給料を支払えばそれで十分であり、あとはなるべく税金を払いたくないと考えても無理はありません。
国や地方公共団体などは、創業時など資金が必要で苦しい時期には手を差し伸べないにもかかわらず、経営者の努力によって利益が生じると多額の税金を課してきます。一般の人の何倍も働いても、所得税の累進課税や社会保険料の増額により、手取りはあまり増えません。そのため、利益が出そうなときはまず節税対策を図り、できる限り税金を減らすのが良いと考えがちです。その結果、少しグレードの高い社用車を購入したり、一括で経費にできる備品を購入したりすることもあります。法人税率が高かった昔は、役員報酬を高めに設定して法人の利益を調整する場合もありました。今でも、会社の税金と役員一族の報酬にかかる税金・社会保険料の合計が最も少なくなる組み合わせをシミュレーションした上で、経営計画を作成することがあるようです。
創業者が事業を立ち上げた理由も、「食べていくために仕方なく」という場合が多く見られます。事業が軌道に乗り社員が増えてから、他社を模倣して企業理念などを作成し、徐々に社員や取引先、地域社会等へと関心が広がっていく人も多くいます。会社の成長に応じて経営者の考え方が変わらなければ、事業は行き詰まるものです。成功した経営者の多くは、そうした段階を経験しています。
このようにして成長した企業のうち、日本では社員を「擬似家族」のように考える経営者もいます。しかし、米国などでは不況時のレイオフは当たり前です。会社は株主のものであり、利益を上げるのは当然で、株主には適正な配当を行う必要があるため仕方がないという考え方です。「失われた30年」において、多くの日本企業は雇用を守るために労使合意のもとで賃金をあまり引き上げなかったとされています。その結果、諸外国に比べて労働生産性が低いと言われるようになりました。
ところで少し前、大手企業の中で利益が上がっているにもかかわらず、国内への設備投資をせず賃上げも控えめにする一方で、配当だけはしっかり行っていた企業があったと言われています。これも「会社は株主のもの」という思想に基づいていると考えられます。会社が株主のものであれば、経営者にとって短期的な業績向上の優先順位が高くなります。上場企業の雇われ社長の場合、会社の将来的な成長に向けた大型の新規投資などを控えてしまうかもしれません。かつての日本企業は、目先の利益にかかわらず限られた予算の中で積極的に投資を行っていたようですが、最近は慎重です。ニュースでも、NECが量子コンピューターの開発から撤退したことが報じられていました。米国のアップルコンピューターも昔は、株主の合意を取り付けた上で配当を控えめにし、開発等の投資を優先させていたと聞いたことがあります。
「会社は誰のものか」と問われれば、私は「経営の影響力が及ぶ範囲によって変わってくる」と答えます。規模が小さいうちは経営者や出資者のものですが、影響力が大きくなれば利害関係者(ステークホルダー)、さらには地域社会のものになっていくと考えます。(過去には、公的資金が注入されて倒産を免れたような企業もありました)。
令和8年9月 278号(R08.09)
会社は実質的に誰のもの?